親子でSTEAMチャレンジ

無料シミュレーションツールで実践する構造設計:橋梁モデルで学ぶ応力と安定性の原理

Tags: 構造設計, シミュレーション, 工学, FreeCAD, デザイン思考

「親子でSTEAMチャレンジ」をご覧の皆様、今回は高価な専門キットに頼らず、無償で利用できるシミュレーションツールを用いて、工学的な問題解決に挑むSTEAMアクティビティをご紹介いたします。物理シミュレーションを活用することで、仮想空間で構造物の設計、解析、最適化を繰り返し、その背景にある科学的・工学的原理を深く探求することが可能となります。

導入:仮想空間で工学の基礎を探る

本記事で取り上げるアクティビティは、主にEngineering(工学)、Science(科学、特に物理学)、Technology(技術)、Mathematics(数学)の各分野にまたがります。具体的な目標は、無料の3D CADソフトウェア「FreeCAD」とその有限要素法(FEM: Finite Element Method)解析ワークベンチを活用し、簡単な橋梁モデルの設計と強度解析を行うことです。これにより、材料の特性、構造の安定性、荷重の影響といった工学の基礎概念を実践的に学び、応用力や論理的思考力を養うことを目指します。

既存の高価なSTEAMキットでは得難い、実世界の問題解決に直結する深掘りした学びを、ご家庭で手軽に体験いただける内容です。

アクティビティ概要:FreeCADで橋梁の強度を検証する

本アクティビティでは、FreeCADというオープンソースの統合型CADソフトウェアを使用し、簡単なトラス構造の橋梁モデルを作成します。そのモデルに対して、仮想的に荷重をかけ、どこに応力が集中し、どのように変形するかをシミュレーションすることで、設計の妥当性や改善点を見つけ出すプロセスを体験します。

このプロセスを通じて、単に「ものを作る」だけでなく、「なぜその構造が強いのか」「どうすればもっと効率的な設計になるのか」といった原理原則に深く迫ることが可能になります。

準備物

詳細な手順:橋梁モデルの設計と解析

1. FreeCADのインストールとFEM Workbenchの準備

FreeCADのインストールが完了したら、ソフトウェアを起動します。画面上部のワークベンチセレクターから「Part Design」または「Part」を選択し、基本的な形状作成に慣れてください。その後、「FEM」ワークベンチに切り替えて、有限要素解析のための環境を整えます。

2. 簡易橋梁モデルの作成

ここでは、比較的単純なトラス構造の橋梁を例にモデリングを進めます。

  1. 新しいドキュメントの作成: ファイル新規 で新しいドキュメントを作成します。
  2. スケッチの作成:
    • Part Design ワークベンチに切り替えます。
    • 新しいスケッチを作成 アイコンをクリックし、XY平面を選択します。
    • スケッチツールを用いて、橋梁の側面の骨格となる単純なトラス構造(例:三角形の繰り返し)を描画します。水平な桁、垂直な部材、斜めの部材を線で描きます。寸法拘束や幾何拘束を活用し、正確な形状を作成することが重要です。
  3. 押し出し(Pad):
    • スケッチを閉じ、パッド アイコンをクリックします。
    • 「長さ」を適切に設定し、橋梁の奥行き(幅)を与え、3D形状を作成します。これにより、橋の主要な部材が形成されます。

3. FEM解析の設定

作成した3Dモデルを解析可能な状態に設定します。

  1. FEMワークベンチへの切り替え: ワークベンチセレクターからFEMを選択します。
  2. 解析コンテナの作成: 解析を作成 アイコンをクリックし、FEM Analysisというコンテナを作成します。このコンテナ内にすべての解析設定が格納されます。
  3. 材料プロパティの定義:
    • 材料を作成 アイコンをクリックします。
    • ここでは「Steel」(鋼材)を選択し、ヤング率、ポアソン比などの標準的な材料特性を適用します。必要に応じてカスタムプロパティも設定可能です。
    • 作成した材料をモデルに割り当てます。
  4. 拘束条件の設定:
    • 固定拘束を作成 アイコンをクリックし、橋梁の片端(例:一番左下の頂点)を選択して、モデルを完全に固定します(X, Y, Z方向の移動と回転を全て拘束)。
    • ローラー拘束を作成 アイコンをクリックし、もう片方の端(例:一番右下の頂点)を選択して、X方向の移動のみを許容する拘束を設定します(これにより、橋の熱膨張や収縮に対応できる現実的な支点条件を模倣します)。
  5. 荷重の適用:
    • 力を作成 アイコンをクリックします。
    • 橋梁の中央上部など、荷重をかけたい面や頂点を選択します。
    • 参照の方向 で力の方向(例:-Z軸方向)を指定し、力の大きさ をニュートン単位で入力します(例:1000 N)。
  6. メッシュ生成:
    • メッシュを作成 アイコンをクリックし、モデルを選択します。
    • Gmshなどのメッシュ生成ツールが推奨されます。要素サイズや二次要素の使用などを設定し、適用をクリックしてメッシュを生成します。メッシュの品質は解析精度に直結しますので、適切なメッシュサイズを選ぶことが重要です。

4. 解析実行と結果確認

  1. 解析の実行:
    • ソルバーを実行 アイコン(計算機のマーク)をクリックします。
    • ソルバーとしてCalculiXを選択し、実行をクリックします。解析が開始され、計算には数分かかる場合があります。
  2. 結果の可視化:
    • 解析が完了すると、FEM Analysisコンテナの下に結果オブジェクト(例:Result_mesh_Gmsh)が追加されます。
    • この結果オブジェクトをダブルクリックすると、Post processingウィンドウが開きます。
    • ここで応力表示変形表示を選択し、フォン・ミーゼス応力や変形量を視覚的に確認します。色分けされたグラデーションや変形アニメーションを通じて、モデルの弱点や挙動を直感的に理解することができます。

5. 構造の改善

解析結果に基づき、設計の改善案を検討します。 * 応力集中が激しい部分があれば、部材の断面積を増やす、形状を変更する、補強材を追加するなどの対策を考えます。 * 過度な変形が見られる場合は、より剛性の高い材料に変更するか、構造全体の形式を見直すことも必要になります。 この「設計→解析→改善」のサイクルを繰り返すことで、効率的で堅牢な構造物を設計するスキルが向上します。

科学的・工学的原理の解説

応力とひずみ:材料の反応を測る指標

構造物に外部から力が加わると、材料内部には抵抗する力が生じます。これが応力(Stress)であり、単位面積あたりの力(Pa = N/m²)で表されます。応力には、材料を引き伸ばそうとする引張応力、押し縮めようとする圧縮応力、せん断しようとするせん断応力などがあります。

力が加わることで、材料はわずかに変形します。この変形量を元の長さに対する比率で表したものがひずみ(Strain)です。応力とひずみの関係は材料によって異なり、線形弾性域ではヤング率(Young's Modulus)という材料固有の定数で関係付けられます。ヤング率が大きい材料ほど、同じ応力に対して変形しにくい、つまり剛性が高いと言えます。

構造の安定性:なぜ三角形は強いのか

橋梁のような構造物において、安定性は非常に重要です。座屈とは、圧縮力によって細長い部材が横方向に大きく湾曲して破壊する現象です。座屈を防ぐには、部材の断面形状や支持条件が鍵となります。

トラス構造が橋梁に多用されるのは、その効率性にあります。トラスは三角形の集合体で構成されており、三角形は外部からの力に対して形状が変化しにくい(構造的に安定している)という特性を持ちます。これにより、各部材が主に引張力か圧縮力のみを受けるように設計でき、曲げやせん断といった複雑な応力を最小限に抑えることで、材料を効率的に利用し、軽量かつ高強度な構造を実現できます。

有限要素法(FEM):複雑な問題を解く数値解析手法

有限要素法 (FEM) は、複雑な形状や荷重条件を持つ構造物の応力や変形を計算するための強力な数値解析手法です。この方法では、連続する物体を、三角形や四面体といった小さな有限要素に分割します(これを「メッシュを生成する」と呼びます)。

各有限要素は、その頂点(節点)における変位などの未知量を持ち、シンプルな方程式でその挙動が記述されます。これらの要素方程式を結合することで、全体の構造物に対する巨大な連立方程式が構築され、コンピュータによって解かれるのです。これにより、手計算では不可能な複雑な構造物に対しても、詳細な応力分布や変形を予測することが可能になります。

応用・発展の提案:学びを深める次のステップ

この基本アクティビティは、工学的な思考力と実践的なスキルを養うための出発点に過ぎません。さらに学びを深めるための応用・発展の方向性をいくつか提案します。

1. 材料や構造形式の変更

2. プログラミングによるパラメータ化と最適化

FreeCADはPythonスクリプトによる操作が可能です。

3. 関連情報源と次の学習ステップ

より深く学びたい方向けに、以下の情報源をお勧めします。

これらのリソースを活用し、理論と実践を行き来しながら、ご自身の興味と関心に合わせて学びを深めていくことが、継続的な学習につながるでしょう。

まとめ:実践を通じて工学的思考を育む

本アクティビティでは、無料のシミュレーションツール「FreeCAD」を用いることで、高価な設備なしに構造設計と解析のプロセスを体験しました。これは単なるソフトウェアの操作方法を学ぶだけでなく、材料力学、構造力学、有限要素法といった工学の基礎原理を深く理解するための実践的な手段となります。

「設計→解析→改善」というサイクルを繰り返すことは、デザイン思考におけるプロトタイピングとテストのプロセスそのものであり、実世界の問題解決に不可欠な問題解決能力論理的思考力、そして創造性を育みます。この経験は、お子様の好奇心を刺激し、将来的なSTEAM分野への興味をさらに深める確かな一歩となるでしょう。ぜひ、ご家庭でこの魅力的な工学的チャレンジに取り組んでみてください。